カテゴリ:再び私のアマルフィ( 46 )

帰国後談話 16《最終回》 さようならアマルフィ

さて、日本に帰る日は必ずやってくるわけで・・・。
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今年のヴェスヴィオ火山は見るといっつも雲がかぶっていた。飛行機の上から見ても雲。

あーあ。この旅行記も終わってしまった。次の旅の予定は未定。行先はどこになるか。いつになるか。なんとなく、2年後くらいになりそうな予感はあるけど。
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by agrumi | 2009-09-02 15:38 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 15 夜のドゥオーモ広場

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アマルフィ最後の夜。
なぜか消防車が広場の片隅をしばらく陣取っていた。私はドゥオーモに向かう階段の途中に座り込んでドゥオーモ広場眺めていた。

正面には2つのバルのテラスが出ていて、ビールやワイン、カフェを楽しむ人たちでにぎわっている。階段の右側にはレストランのテーブルが出ていて、アフリカ人の団体がバカンスの食事を楽しんでいた。はしゃぐ子供たち、テーブルにじっとしていられずに走りまわるちびっこを追いかけるお母さんたち。ツアー客というよりは大家族の集団の団欒のようだった。

バルの奥から聞こえてくる食器を洗うときに聞こえる皿と皿のぶつかるかちゃかちゃいう音、話し声、笑い声、誰かが誰かを呼ぶ声。世界中の人々の笑顔が集う夜の広場。心地よい喧噪。

海の桟橋からは花火が上がるのが見えた。

今、この時間、この街には、楽しんでいない人なんて誰ひとりとしていないに違いない。このままこの夜が永遠につづばいいのに、と思う。
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by agrumi | 2009-08-31 22:50 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 14 ラヴェッロの楽しそうな二つの頭

今回、ラヴェッロでも、前回の訪問で躊躇して果たせなかったことを成し遂げてきた。

2004年の旅行を記した『たとえば私のアマルフィ・・・7』で、私は次のように綴っている。

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ラヴェッロの情報は、日本語ではほとんど入手できず、私はイタリア語のサイトを必死で訳したノートをガイドブック代わりに持ってきていた。ちゃんと訳せて意味がわかったからこそ是非見てみたいというものと、単語一つ一つの意味はわかってもどうしても文章としての意味がわからず、行って見て確かめたい、というものとがあり、私はそのことに個人的にわくわくしていた。―――中略―――また、どうにも理解しがたい表現もカテドラルの中にあった。
【鷲のモザイクの円柱の上に、楽しそうな二つの頭が浮かび上がっている。】というのだ。
「このさ、楽しそうな頭、って、どういうことだと思う?」「さあ・・・」
「この動詞がさ、水面上に現れる、とか、浮かび上がる、とかいう意味なんだけどさ、二つの頭がそうなるってどういうこと?だいたい頭って、何の頭なのかしら。」「意味不明だね。」

そして、実際にその鷲の円柱をみつけて眺めると友人Kが呟いた。
「・・・楽しそうな頭が二つ、浮いてるよ。・・・。」
私たちは口をあけてぽかんとそのレリーフを眺めた。頭は人間の頭だった。もしかしたら天使の頭かもしれないが、胴体がないのでわからない。二つとも、楽しそうな笑顔なのだが、レリーフであるためか表現がやや未熟なせいか、不気味な笑顔に見える。胴体がない、楽しそうに笑う二つの頭は、お互いに少し離れて、何の脈略もない背景の中に唐突に彫られたように本当に浮かんでいた。訳せなかったのではなく、それはあまりにそのままだったのだ。
「な・・・なるほど。」「写真・・・撮る?」「い・・・いいや・・・。」
楽しそうな二つの頭は不気味な結末に終った。

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で、今回は勇気をもってその不気味な結末を写真に収めてきた。

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                                                                                    この件に関しては以上。
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by agrumi | 2009-08-28 15:34 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 13 Ristorante A'Paranza

c0101985_10273385.jpgこれはアトラーニのレストラン、A'Paranzaでの食事。実は現地レポートで全部投稿用の記事を詳細に書いたんだけど、キー操作を間違って一瞬ですべてが消えてしまった。
写真だけファイルに虚しく残り続けているので、ここで紹介。

これは、ムール貝を食べたいと言ったら出してくれた前菜。ムール貝は日本ではすっごく上品に3つくらいが大きな皿にのって出てきたりするから、こういうのはこっちで食べる価値あり。

貝の粒が、大きくてふっくらしているのも小さくて貧相なのもごちゃまぜだったから、選別されていない獲れたまんまなのかな・・・と思ったけれど、その辺の流通事情はどうなんでしょう。


c0101985_10383434.jpgこれも、何か魚介のパスタを、と頼んだら出てきた。リガトーニとも違って、こんなパスタは初めて見るのできいてみたら、paccheriというパスタだと教えてくれた。

パスタの種類はご当地パスタまで合わせると数限りないようだけど、こんなにたくさんの種類が生まれる背景って何なのだろう。ソースの絡み方って、そんなに違うものなのかしら?

この辺で両親の顔はうんざりしてきた。もう満腹で、明らかに無理をして食べている。食べきれなければもったいないけど、食べ過ぎて具合を悪くするぐらいなら残せばいい、という発想にはならない。
しかも、「最後に魚が来るからね」と何度言ってもこのパスタを無理して食べ続ける。

そして最後にメインの魚料理が運ばれてくると、「まだあるの?!」と驚いている。最後に魚がくるよって言ったでしょ、と言うと、パスタの中に魚が入っていたから、それが私の言っている「魚」なのだと思ったと。

c0101985_10502675.jpgすべてがこんな感じで、話していることの意味が伝わらない。同じことを何度説明しても、耳を通り過ぎて頭の中に入っていなかったり、頭に入っても頭の中で別のことに変換されてしまうので、意図したことは伝わらず、結局はことが起こってからでないと対処できないのだ。

私の方も、「最後に魚が来るからね」が、この後魚料理がもう一品来る、ということ以外に別の意味を持つなんて、かけらも思い描けない。

こういうことは誰にでもあることだけど、歳をとるにつれて断然頻度が急増する。
歳をとるって、大変なことだ・・・・と、しみじみ痛感した旅でもあった。

魚は淡白ながら旨みのある白身魚でイトヨリ鯛のように見えたけど、魚の名前はききそびれてしまった。

このリストランテは、アマルフィまで来たならぜひ足を伸ばしたい。
流行っているようで、5年前とは食器が違う。

c0101985_11255100.jpgこれが当時のA'Paranzaの皿。白くてシンプル。だけど今回はちゃんとレストランの名前が入ったオリジナルの皿になっていた。このパスタがめちゃくちゃ旨くてまた食べたかったのだけど、うまく言えなくてまったく同じものは食べられなかった。

もしまた行く機会があったら、この写真をもっていって見せながら、あの兄さんに「これが食べたい」と言いたい。
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by agrumi | 2009-08-19 11:11 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 12 ちょっと気になる(2) 干し葡萄

c0101985_9485699.jpgなんかの葉っぱに包んだものがホテルの近くの食料品店に置いてあって、これはなんだろう、と気になっていた。

よくよく札を見てみると、「パッソリーニ:レモンの葉に包んだ干し葡萄」と書いてある。

干し葡萄は好きではないが、レモンの葉に包むとどんな風になるのかにはちょっと興味がある。
ただ包んであるだけ…ということもないだろうから、レモンの香りが干し葡萄に移っているとか、葉から出る何かの成分が干し葡萄に何らかの影響を与えているとか、なんかあるんだろうな…と思いながら、それを買ってみて確かめるまでには至らなかった。

所詮干し葡萄だしねぇ。と思いつつ、ひょっとしたらすごくおいしくなっているのかも…という期待もあり、やっぱりちょっと気になるのだった。
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by agrumi | 2009-08-15 09:57 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 11 ちょっと気になる(1) ばかでかクロワッサン

c0101985_20132863.jpgこれはVetriの街で見かけたショーケース。鎮座するクロワッサンのでかいことといったら!
床の枡目の大きさから、実物大が想像していただけるだろうか。
通りがかりにふっと眼に入り、思わず写真に撮ったけど、これは店の人に何のためにこんなでかいクロワッサンを作ったのかきいてみるべきだった。今さら気になってももはやどうすることもできない。

後から思い返すと、いろいろと通り過ぎてしまうことって、バカンスの間多かったような気がする。なんか疲れてしまっていて、ぼーっとしていた。
だらだらとしていろんなことにやる気がなかったのは確かだけど、そしてそのだらだらを思い切り楽しんでいたことも確かだけど、結局日本人根性、何もしないのはもったいなかった・・・と思ってしまう自分がいるのもまた事実、のようだ。

が、実際のところ何もしなかった。
言葉が不自由なところで会話をするにはそれなりのストレスがかかる。イタリア語が分かるといっても所詮イタリア語検定4級程度。話すにはある程度の勇気とパワーを要す。面倒くさいのだ。その勇気とパワーを発揮させるのが。疲れるから。

で、いろいろと気になることを残しつつ、結局は私は全然頑張らなかったバカンスに自己満足しているのだった。ということで、謎のばかでかクロワッサンは謎のまま。
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by agrumi | 2009-08-11 20:25 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 10  夕方と夜の間

そしてアトラーニからアマルフィに帰るときは暗くなって道もよくわからないので安全策で車道を歩いて帰った。夕方と夜の間の、とても短い美しい時間帯。
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向かいに見えているのはおそらくマイオーリの灯り。こんな景色を眺めながらてくてく歩く幸せ。想像できる?

「バカンス」も、終わって3週間も過ぎると、ただの夢だったような気がしてくる。ただ夢見ることと実際に体験することとの違いって何だろう?と昔真剣に考えたことがあった。
終わった体験を思い返すことと、体験していないことを夢見て思い浮かべることとの違いって、あんまりない気がする。どっちも頭の中にしかないことだから。
だから、体験しているその時にこそ、価値があるんだと思う。

夢のようなバカンス。過ぎてしまえば写真の中の夢と化す。だけどあの時、私はその「夢」をかみしめていた。豊かな時間が、あくびをしているのを、幸せに眺めていた。
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by agrumi | 2009-08-07 03:41 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 9 レモン畑

アマルフィからアトラーニへは、いつも車道をてくてく歩いて往復する。車通りも少なくないけど、てくてくと歩く人々の姿も少なくないので、ここがアマルフィとアトラーニをつなぐ徒歩のひとつのルートになっていることは間違いない。日本人とも複数すれ違ったので、アトラーニも知名度が今後あがっていくのだろう。

しかし徒歩ルートはこのアスファルトの車道ばかりではない。5年前の記憶を引っ張り出し、またホテルで「たとえば私のアマルフィ」を読み直したりして、下の車道ではなく、山の上を這う、白い壁の間を縫って街の中を抜けていくルートでもアトラーニへ行ってみた。

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車道を歩くときは、下に見えているトンネルを抜けるとアトラーニだ。比較的新しい、青く塗られたフェンスがアトラーニっぽさを感じさせる。青い手すりは他では見かけない。

そして、上の道では建物の上の土地にさらに段々になって続くレモン畑を眺めることができる。こんな風にレモン畑を眺めることは日常ではなかなかないので、これも南イタリアを感じさせる風景の一つだ。

下っていくと、間違えて人の家の玄関先に何度も出てしまう入り組んだ白い路地を抜けて、以前借りていたアパートメントの前を通ってアトラーニの広場に出られる。欲張って、もっと上の方にも行ってみたいものだったが、疲れてしまってこれで限界だった。

このバカンスで、オレンジ贔屓の私がちょっとレモンを意識するようになった。もともと柑橘類は全部好きなんだけど、オレンジは群を抜いて好きなのだ。
観賞用のちっちゃなレモンの木ってないのかなあ。マイクロトマトみたいなマイクロレモンとか・・・。
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by agrumi | 2009-08-02 22:03 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 8 100%生レモンジュース

c0101985_1135532.jpgVietriに行った時にBarで飲んだ生レモンジュース。

私がなぜ生ジュースspremutaがそんなに好きかというと、昔々、1992年、初めてスペインに行った時、マドリッドの駅地下で売っていたジューススタンドの生オレンジジュースがめちゃくちゃおいしかったのと、同じ旅でロンドンに行った時に濃縮果汁還元ではなくストレートのオレンジジュースのパックがめちゃくちゃおいしかったのとがきっかけで、ヨーロッパ→生ジュースがおいしい、という自己方程式が出来上がったせいである。
別に、ヨーロッパでなくても生ジュースはおいしいと思うんだけど、当時そのおいしさに感動したという喜びの体験の再現が私にとっては意味があり、「ヨーロッパに行ったら生ジュースを飲まないとね。だって、おいしいんだもの。」というのは私の旅のこだわりのひとつなのである。

そして今回嵌ったspremuta di limone、VietriのBarで注文したら、水で割るか、というようなことを質問された。
そこで初めて、spremutaといえば100%生搾り、と思っていたけれど、数日前にポジターノで飲んだspremuta di limoneは水で割ってあったのだ、と認識した。私は本当のレモンの生ジュースを体験したかったので水で割らない、と答えたが、Barの兄さんはちょっと驚いたような顔をして、どこかから運んできた電動搾り器で絞ったジュースをピッチャーに入れ、別に水のボトルを持ってきてくれた。
さすがのアマルフィ海岸でもレモンジュースは本来生でゴクゴク飲むものではないらしい。好みの量の水で割って飲めということのようだ。

だけど、もちろん私は割る前に100%のまま飲んでみた。



                                 !!           効くぅ~


胃にしみわたってシャキッと目覚め、身体の内側から疲れが溶けていくのを感じた。ゴクゴクは飲めないが、少しずつ味わうとクセになる。

ああ、レモン!!

水で割っても酸っぱさはあまり弱まらず、濃度だけが下がる感じでもったいなかったので、私はあまり薄めないで、せっかくの特産アマルフィレモンを大かたそのまま飲んでみた。あとでちょっとお腹が痛くなったのは、この刺激のせいだと思う。体にいいんだか悪いんだか。
砂糖もついてきたが、それを入れたらカフェがよりおいしくなるのと同じようにレモンもよりおいしくなりそうだったけど、この刺激に砂糖が混ざってしまうのはやっぱりもったいない気がして、私は入れなかった。

この刺激、また味わいたいけど、日本で売っているレモンでは到底刺激が強すぎて飲めない。オレンジかグレープフルーツで割るか?
これまでオレンジとグレープフルーツのミックス生ジュースが自分の家で飲むときのいちばん贅沢なspremutaだったけど、今度はレモンも加えてみるか?
・・・と、モッツァレラ同様、日本では手に入らないものを何とか自分の日常に持ち込んで楽しんでやろうと無意識のうちに画策している私であった。
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by agrumi | 2009-08-01 12:11 | 再び私のアマルフィ

帰国後談話 7 ぺぺローニ

c0101985_23543975.jpgトマトやパプリカは、真っ赤に輝いている。
アマルフィで2日目に入った店で食べたサラダにパプリカが入っていて、それがとってもみずみずしくておいしかったので八百屋で赤いパプリカを買った。イタリア語では赤いのも黄色いのもpeperoniという。

こいつがめちゃくちゃ旨い。
したたるような水気を含んでいて、日本のスーパーで高価ながらにしなびた感じのパプリカとは似て非なるもの。

またアマルフィの八百屋はメインストリートの終わりのちょっとした広場の奥にある店がなかなかいい野菜を揃えていると見た。
別のところでも買ってみたけど、どこでも同じというわけではなさそうだった。

おいしいと思ったその八百屋に度々行って、いつも同じ赤のぺぺローニを買っていたけど、ある時店の兄さんが、変わった形のぺぺローニを、「こいつは旨いぞ」と勧めてくれた。
いつも買うぺぺローニと同じ箱に入っていたけれど、なんとなく見慣れないその野菜は見えていながらもちゃんと認識していなかった。

c0101985_042828.jpgで、兄さんに言われて試しに買ってみた。それがこれ。

形が細長くて日本では見かけない。

どうやって切ろうかと迷ってしまったが、縦に切るのはナイフも小さくて切りにくいので、最初に横半分に切ることにした。




c0101985_044964.jpg切って種を取ると内側はこんな感じ。まあ別に普通のピーマンですけど。

味は普通のやつより濃いように思う。確かに旨いな。八百屋の兄さんの話に間違いはなかった。加熱するとどんな味になるのかな。やっぱり「バカンス」はキッチンつきアパートメントにも滞在したいな・・・。

ちなみにいつも旅に活躍する私のスイスアーミーナイフは実は正式には私のものではない。
これは母が初めてのヨーロッパ旅行、スイスに行った時に弟にお土産に買ってきたもので、弟の名前がフルネームのアルファベットで柄のところに入っている。
あれは私が高校生くらいの時だったから、ずいぶん昔の話だ。
そしてこのアーミーナイフは1995年以降はずっと私のヨーロッパ旅行に随伴している。このまま永遠に借り続けることになるだろう。
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by agrumi | 2009-07-31 14:04 | 再び私のアマルフィ