帰国後談話 その8・・・電車にまつわる風景

c0101985_013262.jpgこれは、シッチェス(Stiges)に行くときに乗ったレンフェ(国鉄)が表示されているところ。
いちばん下のところに停車駅が流れて表示されていて、シッチェスの表示を捉えて狙った1枚。

グラシア通り駅のレンフェは地下鉄と連絡があり、地下に駅がある。閉塞感のあるぬるま温かい駅のホームが懐かしい。

この時計は、一応合っているみたいだった。
だけど、少し早く駅に着いたのでしばらく何本かの列車を見送っていたけれど、列車が出るはずの時刻と時計の示す時刻とには5分前後の開きがあるのが普通だった。

これも9:01発の列車だけど、すでに9:01になろうというところで私はのんきにカメラを構えているわけで、こんなにアバウトなのに一応分刻みで時刻表が決まっているところが不思議だ。
これなら日本の時刻表は秒単位で表示してあってもいいかもしれない。

街の中にもいっぱい時計があるんだけど、示す時刻は全部違う。スペインでは時計は安易に信用してはいけない。

c0101985_0233268.jpgそして地下鉄の切符売り場はかなり自動販売機化がすすんでいた。
あの頃は切符は窓口で買うのを常としていて、仕方なく自動販売機を使うこともあったけど、いまひとつ心もとない感じがあった。
本当に・・・この機械から切符が出てくるの? という不安がよぎるのである。

しかし、もはやそんな心配はいらない。
最新型の見るからに信用できそうな、カラー表示のわかりやすい販売機がずらっと並んでいる。
新しくなる、綺麗になる、便利になる。日本と同じじゃつまんないのに。

しかしもともと、私の中ではスペインの自動販売機系統はイタリアのものよりは信頼性が高い。
イタリアほど、自動販売機を叩いたり、向かって悪態をついたりしている人の姿をみかける頻度は多くないからだ。

c0101985_0331752.jpg地下鉄のホームでは、現在の時刻と、次の電車が来るまであと何分、というのだけが表示されている。これは秒単位まであって、着々とカウントダウンがされていく。

これは、現時刻と発車予定時刻のずれに混乱することがないので便利だ。待ち時間さえわかれば、本来何時何分に発車するはずの電車か、なんてことはどうでもいいのである。
そもそも、地下鉄に「時刻表」なんてものがあるのかどうかわからない。
なんとなくその日の気分で走れる分だけ走らせます、みたいなシステムだったとしても「ふーん、そうなんだ。」と納得してしまいそうである。

地下鉄の車両内部も私はよくできていると思う。
よくドアの左右のスペースに立っている人は日本でもいるけど、そこには立ったまま浅く腰掛けられるようなパイプやプレートがついているので楽だ。
また、ドアに挟まれたスペースは中央へ押し込まれると掴まるところがなくて日本だとよたよたしてしまうのだけど、そこに天井から床に1本手すりが通っているので助かる。
ただし、この「日本では」というのは、あくまで私が生活している範囲のことしか指していない。

「バルセロナの地下鉄は自動ドアじゃなくて、自分でドアを開けないといけない」ということに当時とても新鮮な驚きを味わったのだが、のちに国内を旅行した時、日本でも手動ドアの電車に乗り合わせ、安易に「日本では」なんて言えないんだな、と思った。
自分が知っているのは日本という国のシステムじゃなくて自分の生活圏内だけなのであって、本当は「日本では」なんてことを語れるほど日本のことなんて知らないのである。

c0101985_940712.jpgもうひとつ、レンフェの駅で忘れちゃいけないのがチェーン店のパル、café caféだ。

これはマドリッドでも利用したことがある。

たむろしておしゃべりする地元のおじちゃんカラーは味わえないけど、カフェ・コン・レチェとクロワッサンが手軽に気軽に食べられて、
しかも今よりも、あのウナギの寝床のようなパルの入り口を入っていくのに格段の勇気が必要だった当時は、こんな駅の開けたパルは救いだった。

店員さんはドトールと大差なく、今ではそれほど「スペインらしさ」も感じないけどね、やっぱり懐かしさはあるな。
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by agrumi | 2007-07-01 17:38 | 回顧と逃亡の西伊


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