帰国後談話 その7・・・ピソ

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ピソというのは「階」ということで、イタリア語のピアーノに相当する。
「1階」はスペイン語だとprimero piso、イタリア語だとprimo pianoとなる。でもこれは日本だと2階のこと。
それがそのまま建物を表す言葉としても使われて、「あの頃私たちが住んでいたピソ」みたいな使い方もする。
この、いちばん右側の建物の3階(日本式には4階)に、私たちのピソはあった。最上階がSさん宅である。周囲はすっかり変わってしまっていて、駅を降りた途端、辿り着けるか心配してしまったが、なんとか迷わず建物まで行くことができた。
だけど、なんかすごく淋しい気持ちになる。地下鉄のLesseps駅からピソまでの、あの頃のあの風景は、もう二度と見ることができない。通い慣れたあの道は、もうない。
住んでいれば、きっと日々の中で起こる変化の一部でしかないのだろう。だけど、時空を飛び越えてしまうと、過去の一場面を失ったような喪失感を味わう。

エントランスはご覧の通り。
オスタルの建物のエントランスとはかなり違うけれど、まあこれが普通な感じかな。
エントランスの左側にあるのがメールボックス。これも私が住んでいたころよりもずっと綺麗に作り直されていたけど、構造はそのまま。いつもここに、日本の友人からの手紙が届いていた。
とっても、たくさんの手紙をもらった。自分も、たくさん出したと思う。もらった手紙は当時のいろんな品とともに全部しまってある。
読み返すと更に回顧が深まるだろうなあ・・・。でも、今はあまり読み返したいという気持ちにはならない。読み返したくなったらそのとき読み返してみよう。

c0101985_1857214.jpgエントランスの左奥にエレベーターがある。
エレベーターも、新しくなっていて、近代的なボタンになっていた。昔の写真がないからここでは比べられないけど、頭の中で思い返すとあの古ぼけた感じのボタンに愛着を感じる。
私にとってヨーロッパっていうのは、古くて汚くて不便で、だけど新しくて綺麗で便利であることよりも社会が大切にしていることがある、という感覚を持てるのがいい。それが、変わっていってしまうような不安を感じる。

あの頃、エレベーターで時々一緒になったアメリカ人の割には小柄な男性がいた。
いつも乳母車にぱっつり太った赤ちゃんを乗せて連れていて、大きくなったら相撲取りにする、と言っていた。赤ちゃんは女の子だったんだけどね。
今はどうしているだろう。まだあのまま住んでいるのかな。赤ちゃんはもうきっと小生意気な少女になっていることだろう。

ああ。12年前の真夏が血の中によみがえる。
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by agrumi | 2007-07-01 13:20 | 回顧と逃亡の西伊


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