帰国後談話 13 Ristorante A'Paranza

c0101985_10273385.jpgこれはアトラーニのレストラン、A'Paranzaでの食事。実は現地レポートで全部投稿用の記事を詳細に書いたんだけど、キー操作を間違って一瞬ですべてが消えてしまった。
写真だけファイルに虚しく残り続けているので、ここで紹介。

これは、ムール貝を食べたいと言ったら出してくれた前菜。ムール貝は日本ではすっごく上品に3つくらいが大きな皿にのって出てきたりするから、こういうのはこっちで食べる価値あり。

貝の粒が、大きくてふっくらしているのも小さくて貧相なのもごちゃまぜだったから、選別されていない獲れたまんまなのかな・・・と思ったけれど、その辺の流通事情はどうなんでしょう。


c0101985_10383434.jpgこれも、何か魚介のパスタを、と頼んだら出てきた。リガトーニとも違って、こんなパスタは初めて見るのできいてみたら、paccheriというパスタだと教えてくれた。

パスタの種類はご当地パスタまで合わせると数限りないようだけど、こんなにたくさんの種類が生まれる背景って何なのだろう。ソースの絡み方って、そんなに違うものなのかしら?

この辺で両親の顔はうんざりしてきた。もう満腹で、明らかに無理をして食べている。食べきれなければもったいないけど、食べ過ぎて具合を悪くするぐらいなら残せばいい、という発想にはならない。
しかも、「最後に魚が来るからね」と何度言ってもこのパスタを無理して食べ続ける。

そして最後にメインの魚料理が運ばれてくると、「まだあるの?!」と驚いている。最後に魚がくるよって言ったでしょ、と言うと、パスタの中に魚が入っていたから、それが私の言っている「魚」なのだと思ったと。

c0101985_10502675.jpgすべてがこんな感じで、話していることの意味が伝わらない。同じことを何度説明しても、耳を通り過ぎて頭の中に入っていなかったり、頭に入っても頭の中で別のことに変換されてしまうので、意図したことは伝わらず、結局はことが起こってからでないと対処できないのだ。

私の方も、「最後に魚が来るからね」が、この後魚料理がもう一品来る、ということ以外に別の意味を持つなんて、かけらも思い描けない。

こういうことは誰にでもあることだけど、歳をとるにつれて断然頻度が急増する。
歳をとるって、大変なことだ・・・・と、しみじみ痛感した旅でもあった。

魚は淡白ながら旨みのある白身魚でイトヨリ鯛のように見えたけど、魚の名前はききそびれてしまった。

このリストランテは、アマルフィまで来たならぜひ足を伸ばしたい。
流行っているようで、5年前とは食器が違う。

c0101985_11255100.jpgこれが当時のA'Paranzaの皿。白くてシンプル。だけど今回はちゃんとレストランの名前が入ったオリジナルの皿になっていた。このパスタがめちゃくちゃ旨くてまた食べたかったのだけど、うまく言えなくてまったく同じものは食べられなかった。

もしまた行く機会があったら、この写真をもっていって見せながら、あの兄さんに「これが食べたい」と言いたい。
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by agrumi | 2009-08-19 11:11 | 再び私のアマルフィ


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