2017年イタリア行きます

計画してます。
ローマとロンバルディアが中心です。

今回の挑戦は、イタリアで友達に会うこと。

ローマでひとり。
彼とは、22年前に初めてひとりでローマに滞在した時に知り合い、以降時代の流れと共に文通、e-mail、Whatsupと、媒体を変えながら連絡を取り続けています。
当時の少女とおじさんは、今や立派なおばさんとおじいさんになりました。
実は2015年に久々に再会したのですが、今回も、できれば会いたいと思っています。

クレモナでひとり。
彼女とは語学学習サイトで知り合い、日本で一度だけ会ったことがあります。
今回、郊外のおうちに泊めてくれるというので、クレモナで待ち合わせにしました。

マントヴァでひとり。
彼とも語学学習サイトで知り合い、会うのは今回が初めて。
彼の奥さんから何回かお菓子のレシピを教えてもらって作りました。お料理好きな奥さんのようで、できれば奥さんにも会いたいな…と思っています。
マントヴァに行く日はちょうど仕事が休みなので、街を案内してくれるというので楽しみです。

日本からも旅仲間がふたり一緒に行く予定。ただし、途中で合流予定なので、初めは、ひっさしぶりに単独ローマに乗り込みます。
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# by agrumi | 2017-04-18 11:14 | 友達に会うイタリア

旅のプロフィール

子どもの頃は旅行が嫌いだった。
ただ、面倒臭いだけで、何が楽しいのかわからなかった。

初めて旅行が楽しいと思ったのは社会人1年生の時に友人と行った沖縄旅行。
私は旅行というものそのものが嫌いなのではなく、ただ、楽しい旅行をしたことがなかっただけだということに気がつく。

そしていつの頃からか、「世界の車窓から」に憧れ始める。

1989年 初めて飛行機に乗る-----------------韓国、ソウルへ。 
1992年 初めてヨーロッパを訪れる-----------イギリス、スペイン、フランスへ。フリー。
1993年 古代遺跡めぐりⅠ-------------------ギリシャ 8日間のツアー
1994年 古代遺跡めぐりⅡ-------------------エジプト 8日間のツアー
1995年 ヨーロッパ周遊、再び----------------スペイン、バルセロナを拠点に約半年
1996年 スペイン・イタリアへ帰省-------------バルセロナとローマ 10日間 フリー
1997年 スペイン・イタリアへ帰省 2回目-----バルセロナとローマ 10日間 フリー
1998年 ヨーロッパ周遊、三度----------------西側諸国と南側3ヶ月 フリー
1999年 スペイン満喫-------------------------スペイン 10日間 フリー
2000年 聖年、カトリックの国を避ける計画----ロンドンとコッツウォルズ地方 10日間 フリー
2001年  夏 イタリアを極め始める------------イタリア8日間 フリー
       秋 イタリアを極めていく-------------北イタリア11日間  フリー
2003年 春 イタリアを極め続ける-------------トスカーナ9日間 フリー
       夏 スペインへ帰ろう-----------------バルセロナ7日間 フリー
2004年 イタリアを更に極める-----------------南イタリア8日間 フリー⇒たとえば私のアマルフィ
2005年 念願の家族旅行---------------------イタリア8日間 フリー
2006年 イタリアを更に極め続ける------------南イタリア10日間 フリー⇒魅惑のプーリア・・・引越し作業中
2007年 イタリアを極めつつスペインへ帰る----スペイン・イタリア9日間フリー⇒回顧と逃亡の西伊
2009年 休むための休暇を過ごすイタリア----------------南イタリア9日間フリー⇒再び私のアマルフィ
2010年 3月 北欧でオーロラを見る新婚旅行----------------ノルウェーとデンマーク8日間ツアー
2010年 12月 はじめての香港----------------香港・マカオ 3泊4日 ツアー
2011年 7月 トスカーナへの帰郷---------------ミラノとトスカーナ8日間フリー⇒トスカーナの夏休み・・・記事追加中
2011年 12月 はじめての中国----------------北京 3泊4日 ツアー
2012年 7月 住みに行くイタリア----------------------ミラノとチンクエテッレ8日間フリー⇒チンクエテッレに住みに行こう!・・・記事追加中
2015年 6月 3年ぶりのイタリア----------------ローマとトスカーナ10日間フリー
2017年 6月 友達に会うイタリア----------------ローマと北イタリア11日間フリー


初めて飛行機に乗る: 1989年 韓国、ソウルへ。 
短大3年生のとき、学校行事の、たしか3泊くらいの旅行だったと思う。初めての海外、初めての飛行機、わくわくもしたけど、どちらかというと面倒だったし、たいして楽しくも興味深くもなかった。思い出そうとしてもあまり記憶に残っていない。


初めてヨーロッパを訪れる: 1992年 イギリス、スペイン、フランスへ。
社会人2年目。中学時代の親友が、父親の仕事の関係でアメリカに渡り、アメリカの大学を卒業して帰ってきた。日本で就職する前に、ヨーロッパ旅行に行こうとパートナーを探していた。そこに名乗りを上げ、上司に直談判して14日間の休暇をとる。若いくせに非常識な奴だ。しかし、この旅こそが今の私の原点になっていることを考えると、時に非常識(程度によるけど…)も強行の価値があると思わずにいられない。2週間のユーレイルパスを使ったフリーの旅。語学は全く友人におんぶだったが、スペインは英語がほとんど通ず、途方に暮れた。この時、私の語学への関心も高まる。
イギリス ロンドン、ウィンザー 
スペイン マドリッド、トレド
フランス パリ、ヴェルサイユ

古代遺跡めぐりⅠ: 1993年 ギリシャ 8日間のツアー
その友人とは中学生のとき、社会科の教科書で古代遺跡の写真を見ては、いつか観にいこうね、と話していた。ふたりとも、古代遺跡にとても魅かれていた。

古代遺跡めぐりⅡ: 1994年 エジプト 8日間のツアー
ペルーのマチュピチュにも一緒に行こうと約束していたのに、彼女はこの旅を最後に結婚してしまったので、私は未だ南米に行けていない。

ヨーロッパ周遊、再び: 1995年 スペイン、バルセロナを拠点に約半年
仕事を辞めて旅に出た。バルセロナにピソを借りて住み、途中1ヶ月のユーレイルパスでヨーロッパ周遊をした。1992年の旅では友人の後についていっただけだったけど、このときは別の友人を連れて、見よう見まねでトーマスクックの時刻表を駆使した。(ユーレイルパスには2週間と1ヶ月と3ヶ月があると知り、全て使ってみたくなる。)その後単身イタリアへ。最後はまたバルセロナに戻った。
スペイン バルセロナ、シッチェス、ジローナ、ビック、カダケス、フィゲラス、タラゴナ、ヌリア
アンドラ王国
フランス パリ
スイス チューリッヒ
リヒテンシュタイン公国 ファドゥーツ、トリーセンベルグ
ベルギー ブリュッセル、ブルージュ、アントワープ
オランダ アムステルダム、ロッテルダム、デルフト、デン・ハーグ、キンデルダイク、ゴーダ
イタリア ローマ、フィレンツェ、ヴェネチア、ミラノ、ピサ

スペイン・イタリアへ帰省: 1996年 バルセロナとローマ 10日間 フリー
再就職をした翌年から、95年に拠点だったバルセロナと、ひとりで1ヶ月滞在したローマに通うようになる。バルセロナからはシッチェスとタラゴナに、ローマからはフィレンツェに、日帰り旅行を組み入れた旅。

スペイン・イタリアへ帰省 2回目: 1997年 バルセロナとローマ 10日間 フリー
バルセロナからはシッチェスとタラゴナに、ローマからはフィレンツェに、日帰り旅行を組み入れた旅。

ヨーロッパ周遊、三度: 1998年 西側諸国と南側3ヶ月
心に決めたことは必ず実現させる。とうとう、3ヶ月のユーレイルパスを購入しての周遊旅行。休職して出かけた。フリー。
イタリア ローマ、コモ、トリノ、ジェノヴァ、ミラノ、ボローニャ、パドヴァ、ラヴェンナ、ナポリ、ポンペイ、
      ソレント、レッジョ・ディ・カラブリア、アルベロベッロ、ターラント、パレルモ、タオルミナ、
      アグリジェント

オーストリア ウィーン
リヒテンシュタイン公国 ファドゥーツ、トリーセンベルグ、マルブーン
スイス サルガンス
フランス トゥールーズ
ドイツ ハーメルン、ブレーメン、ローデンブルグ、
ベルギー ブリュッセル、ブルージュ、オステンド
オランダ  レーワルデン、ヒンデローペン、
スペイン マドリッド、トレド、バルセロナ、セビリヤ、コルドバ、グラナダ、カセレス、カサレス、
      サン・セバスチャン、ブルゴス、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、


スペイン満喫: 1999年 スペイン 10日間
この年はスペインだけを楽しむ旅にした。まだイタリアよりもスペインに親しみがあり、イタリア語圏よりもスペイン語圏の方が安心だった。フリー。
スペイン マドリッド、トレド、バルセロナ、シッチェス

聖年、カトリックの国を避ける計画: 2000年 ロンドンとコッツウォルズ地方 10日間 フリー
そういうわけでプロテスタントの国、イギリスへ。英語には苦労した。
イギリス ロンドン、ストラスフォード・アポン・エイボン、チッピングカムデン

イタリアを極め始める: 2001年 夏 イタリア8日間 フリー
父親が、海外旅行は、特にイタリアは危険だと毎年うるさいため、その素晴らしさを体験させてやろうと、連れて行くことにした。素晴らしさを知れば静かになるだろう。両親と友人、という異色の組み合わせで決行。この年以降、今度はまた行きたいと毎年うるさくなった。
イタリア アッシジ、ローマ

イタリアを極めていく: 2001年 秋 北イタリア11日間 フリー
この頃からイタリア語力がスペイン語力を上回って来始める。イタリア南下計画第一弾。
イタリア ボローニャ、ラヴェンナ、フェッラーラ、ミラノ、ヴェローナ、マントヴァ、ジェノヴァ

イタリアを極め続ける: 2003年 春 トスカーナ9日間 フリー
イタリア南下計画第二弾。
イタリア フィレンツェ、コルトーナ、アレッツォ、ルッカ、ピサ、

スペインへ帰ろう: 2003年 夏 バルセロナ7日間 フリー
再び再就職し、ストレスのあまりバルセロナに帰りたくなった年。衝動的に旅立ったので誰とも都合がつかず、久しぶりのひとり旅。これまで、7日間の休暇でヨーロッパに行く人たちなんてどうかしてる、と思っていたのに、自分もそんな立場になってしまった。正味4日間しかない夏休みなんて!
スペイン バルセロナ、シッチェス

イタリアを更に極める: 2004年 南イタリア8日間 フリー
休暇を毎年じりじり伸ばしていく魂胆。イタリア南下計画第三弾。
イタリア アトラニ、アマルフィ、カプリ、ラヴェッロ、サレルノ、ポジターノ、ナポリ

念願の家族旅行: 2005年 イタリア8日間 フリー
父親が、2001年以来、ずっと息子とイタリアに行きたがっていた。それがお嫁さんの努力により実現した家族旅行。私は初めてのツアコン。今更こんな訪問地。ただ、よい親孝行になったのでそれはよかった。
イタリア ローマ、フィレンツェ、シエナ、ミラノ、ヴェネチア

イタリアを更に極め続ける: 2006年 南イタリア10日間 フリー
そしてイタリア南下計画も第四弾、プーリアまでやってきた。
イタリア レッチェ、オトラント、バーリ、トラニ、モルフェッタ、カサマッシマ、マテーラ

イタリアを極めつつスペインへ帰る: 2007年 スペイン・イタリア9日間 フリー
この年はひとり旅。友人たちも社会的な立場が上がって行って、自由に都合を合わせて休みを取ることが出来なくなってきた。回顧をテーマにバルセロナ、逃亡をテーマにボローニャを拠点とした北イタリアの旅に出る。初めての携帯電話による現地レポートに挑戦。
スペイン バルセロナ、シッチェス
イタリア ボローニャ、ファエンツァ、モデナ

友達に会うイタリア: 2017年 ローマと北イタリア11日間 フリー
語学学習サイトで知り合った友達ふたりに会う計画を立て、イタリア語検定も3級に合格して、とうとうイタリア人とコミュニケーションをとる旅、昔からの夢をひとつ叶える旅を敢行。初めの3日間はひとりでローマを回顧し、その後ベルガモで友人と合流。イタリア人の生活に触れる、これまでとは違った趣の、とびきり楽しい旅となった。
イタリア ローマ、ベルガモ、クレモナ、ガンバラ、レドンデスコ、マントヴァ、ミラノ


※抜けている街があると思いますが、思い出しつつ追加していきます。
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# by agrumi | 2017-04-10 22:41 | プロフィール

2015年の旅計画、始まる

来年の夏はイタリアに行く計画です。

とごに行くかは迷い迷って、トスカーナにしました。
来年はミラノで見本市だったか万博だったか、夏休み期間を含んですごく人が集まるイベントがあるので、ミラノを拠点とする北側の地方は行かないことにしました。

するとローマに入ることになるので、とにかくバチカンは抑えることにしました。

それからどうする、という話になって、色々考えてみたものの、やっぱり久しぶりのイタリアはトスカーナがいいという友人の希望に私も賛成。
3回目のアッシジも捨てがたいのですがね、シエナとコルトーナとルッカと…というのが今のところの有力候補。

これから、滞在先の最終的な検討に入ります。
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# by agrumi | 2014-11-04 13:44 | やっぱり行きたいトスカーナ

チンクエテッレ帰国後談話21・・・3日目のla cena;肉

c0101985_10441075.jpgヴェルナッツァの駅から数分で、私たちはモンテロッソに帰って来ました。

さて、これからはお楽しみの夕食です。
一日の観光が終わっても、まだ今日のお楽しみは全て終わってはいないのです。

今日の夕食は肉、と決めていました。
前もって、肉屋がどこにあるかもリサーチ済み。
私たちはモンテロッソの駅からアパルタメントとは反対方向の、街の方に向かって歩き出しました。

10分ほどで街に着きます。






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肉屋の肉は塊のままで売っています。

肉屋のお姉さんは、一応肉の説明をしてくれましたが、これは豚だとか牛だとか、見ればわかる程度のことと、値段しか聞き取れませんでした。
とりあえず、見た目でだいたいのことはわかります。

そんなに安くはない、牛のしっかりした赤身肉を、1cmくらいで2枚切ってくれるようにジェスチャー混じりで頼みましたが、実際には2枚目は厚くなってしまい、総重量は700gを超えていました。

女性5人で700gの肉が食べきれるのか?
と、このときはかなり不安・・・。足りないよりはいいのでしょうが。






c0101985_196369.jpgc0101985_1984661.jpg肉は、シンプルにニンニクと塩胡椒で味付け。
肉の味を楽しむ気満々です。
日本でも、脂の多い柔らかい肉だけでなく、赤身肉のおいしさも最近見直されていますよね。

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焼きあがりはこんな感じ。
食べやすく切り分けてから食卓に運びます。

心配した700gですが、赤身のせいか雰囲気のせいか、5人でペロッと平らげてしまいました。
そして期待通り、脂に惑わされずに肉の旨味を味わえて、胃もたれすることもなく、大満足でした。
日本だとスーパーで買うような赤身肉は、噛み切れないような味のないものがまだ多いように感じますが、こういう赤身肉も簡単に食べられるようになるといいですね~。




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この日の他のメニューはごらんの通りです。
trofieは大活躍で、前日と同じポルチーニに加え、この日はゴルゴンゾーラをミルクで少しのばしたものも絡めて食べました。違ったティストでどちらもそれぞれにおいしかったです。

あとは野菜と生ハム、リコッタチーズなど、リピートメニューです。
どれも、ここで食べておかないともうしばらく食べられないものばかり。リピートで飽きるということもなく、堪能しました。
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# by agrumi | 2013-06-12 22:41 | チンクエテッレに住みに行こう!

チンクエテッレ帰国後談話20・・・4つ目の街、ヴェルナッツァ

c0101985_10114683.jpgヴェルナッツァは洒落た雰囲気の街です。メインストリートのジェラテリアでジェラートを食べ、ゆっくり歩いて行くと海に出ました。
人が多く、にぎやかでした。

入江はとても狭く、小さなリゾート地、という印象。あまり落ち着きはないかもしれませんね。でも、楽しい空気です。
しかしリオマッジョ―レのように散策する小道のようなものは海の近くには見当たらなかったので、私たちは海辺の教会で少し涼んだ後、内陸の方に戻ってみました。
そして高台に塔跡のようなものがあったので、そこまで行ってみることにしました。











道は、石が敷いてあるところもあれば土がむき出しのところもあり、歩きにくい道のりで、こっちに行けば城、みたいな看板はあるものの、本当に辿りつけるのか若干不安でした。

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下の街はだんだん遠のき、空が近くなっていきます。

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目指す塔についてみると、そこはBarになっていました。
愛の小道同様、私たちはまたとっても贅沢な気分で海と街を眺めながらレモネードを飲んで喉を潤しました。

帰りの列車の時刻に合わせて下に降り、5つ目の街となるマナローラに帰ったわけですが、最終目的のない、街めぐりの過程そのものを楽しむことが目的の1日は、ゆっくりと暮れていきました。
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# by agrumi | 2013-06-03 12:05 | チンクエテッレに住みに行こう!

チンクエテッレ帰国後談話19・・・コルニリア散策と昼食

c0101985_23173671.jpgコルニリアは、海に開けていないので、上空にこぢんまりまとまった感じの街です。
特徴といえば、港がないことぐらいで、他のチンクエテッレの街と比べて格別な美しさはありませんでした。

海側を臨めばこんな感じ、

















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山側を臨めばこんな感じで、とても素朴な街です。

もし、時間がタイトな中でチンクエテッレを周るとしたら、マナローラとコルニリアは省いていいかもしれません。華やかさはあまりありません。
逆に、私はこれといった見どころもないと思ったまま帰ってきてしまったコルニリアでしたが、名所をご存知の方がいらしたら教えていただきたいです。

しかし時間が許すなら、マナローラとコルニリアは観光地観光地していない素朴さが逆に売りだと思うので、そこを味わうにはいいでしょう。







c0101985_23181130.jpgとはいうものの、この眺めは一見の価値はありますね。
土産物屋が並ぶメインストリートらしきところを抜けて海につきあたると、素晴らしい景色が広がっていました。

写真では一角しかとらえられないのが残念ですが、この水平線と空が、180°広がっているのです。

しばらくうっとりと、このバルコニー型の広場から海を眺めていました。
通りから広場に出て来た各国の観光客たちは、みな軽い感嘆の声をあげながら海の方に近づいていきます。










c0101985_23203661.jpgちょうどお昼時になったので、ここで昼食をとることにしてPIZZERIAに入りました。
格別なことはありませんでしたが、普通に満足できました。

もっと探せば地元の名店があったのかもしれませんが、どこをどう歩いたらよいのかよくわからず…。あの…道があんまりないというか…。
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# by agrumi | 2013-06-01 23:35 | チンクエテッレに住みに行こう!

チンクエテッレ帰国後談話18・・・3つ目の街、コルニリアへ向かう

c0101985_14265627.jpgc0101985_14251638.jpg



















リオマッジョ―レからマナローラは徒歩で移動しましたが、マナローラ観光の後は再び鉄道駅に向かい、お隣のコルニリアを目指します。

岩壁にそそり立つようにしてある鉄道駅から海を眺めると、乗客をたくさん乗せた船がリオマッジョ―レの方に進んでいくのが見えました。あれは、昨日私たちが乗っていた船です。
昨日は向こう側からこっちを眺めていたのです。
昨日「ああ、明日はあっち側を歩くんだ…」と、海の方から眺めていた陸地に今日は本当にいるのですから、当たり前といえば当たり前ですが、なんだか少し感慨深いモノがあります。

これから向かうコルニリアは、5つの街の中で唯一港がない、陸路からしか行けない断崖絶壁の頂点にある街で、鉄道駅に着いた後、何百段もある階段をひたすら登らなくては街に到達できないという前情報です。

私は若いころと違って既に体力にはまったく自信がないのですが、それでも苦労した後の達成感は好きなので、階段登りはさほど恐怖ではありませんでした。逆にやや張り切り気味で楽しみにしていたくらい。
しかし同僚Iと先輩Aは、この階段登りに恐れおののいていました。
階段を見てみて、あんまり大変そうだったら街には行かないで下で待っている、とさえ言っていました。
だけど、もちろんせっかくここまで来てコルニリアの街に行きたくないわけではありません。
ただ、階段を登るのが不安なだけで、それさえ解決できればみんなで街歩きを楽しみたいのは当然です。

そんな気持ちは、ある種の観察力や洞察力を研ぎ澄ますのかもしれません。

c0101985_14414196.jpgコルニリアの駅に着くなり、先輩Aは「ねえ、あのバス、何? パスが今走って行ったわよ。電車から降りた人たちが乗って行った。あれで街まで行けるんじゃないの?」
と弾むように言いました。
「え、バス?」
私には、そのようなものは全く見えませんでした。
モンテロッソの路地で魚屋を見つけた時もそうでしたが、先輩Aの"眼"には、ひたすら感心するばかりです。と同時に、自分がいかに周囲に関心を払わずにただぼーっと歩いているかが思い知らされます。

駅を出てから何百段の階段に直行するのではなく、私たちはまずバス乗り場を探しました。
「あの辺、あの辺、あの辺りからバスが出てたのよ。」
と、先輩Aは私たちを誘導します。


c0101985_14484178.jpgそしてわりとすぐに、私たちはバス乗り場らしきものを見つけました。電車から降りた人がみんなそこになだれ込む…というわけではありませんでした。
でも、20人弱くらいの人たちは集まったでしょうか。

こんな感じの時刻表(この写真は街から駅へ帰る時のものです)があって、さっき先輩Aが見た時、既にバスは発ってしまっていたので、次のバスの時刻を調べます。
すると10分程度でまた来ることが分かりました。

「そういえば…チンクエテッレカードを買うとき、駅のおじさんがバスにも乗れるようなこと言ってた。このバスもそうだったんだ…。」と、私はあやふやなイタリア語理解をあやふやに辿り思いました。

私たちは、そのバスで街に行くことにしました。階段がなくなってしまったのはちょっぴり残念だったけど、やはり目の前にこれだけ安易な方法があると気持ちは引かれます。しかもチンクエテッレカードで乗れるのです。「階段で来てもいいのよ、私たち上で待ってるから」と言われましたが、私もバスに乗せて頂きました。

やはり現地での情報収集は大事です。
都市観光は情報が整理されているので、こういうことはあまりないのですが、日本人にまだあまりメジャーではない地域は、こういうことがままあります。
このバスのことも日本のガイドブックには全く載っておらず、階段を登らなければコルニリアには辿りつけないかのようでした。

そこのバス乗り場で、私たちは年配の日本人夫婦に会いました。レンタカーを借りながら、ヨーロッパ旅行をしているというリッチな方々。今日は鉄道を利用してチンクエテッレ巡りだそうです。
しかし彼らはチンクエテッレカードのことを知らずに購入していませんでした。
他のすべての観光客がチンクエテッレカードを示して悠々と乗車していくのに、彼らのところで列はいったん止まってしまいました。
ご主人が運賃はいくらか、ときいているのに、運転手が「チンクエテッレカードで乗れる」と答え、同じ問答をしばらく繰り返していたのです。運転手にしてみたら、チンクエテッレカードを持たずにこの辺りを巡っているという発想がなかったようで、彼らがカードを持っていないことを運転手が理解するのにしばし時間がかかりました。
ご主人は悠長な英語で運転手と会話をしていました。運転手さん、英語が苦手だったのかもね。

奥さんは私たちのカードを見て、「そんなのあるって知らなかったわ―。」と不満そうに言っていました。
確かに、日本のガイドブックでは私の知る限りこのカードについて触れてあるものはありませんでした。

c0101985_1573174.jpgただ、登らなかった階段は、いったいどのようなものだったのか、少し気になります。
帰りはバスの時間が中途半端だったので、「下りなら階段でもいいか」と、階段から帰りました。

その階段がこちら。

はるか下の線路の方まで続いています。こりゃ確かに登ったら登りでがある階段です。
でも、降りるのはあっという間でした。

階段からはけっこう雄大な景色が望めるのですが、階段がまた中途半端な歩幅で降りにくく、下ばかり見て歩いてしまったせいで景色はあんまり眺められませんでした。

それにしても、上りというのはうきうきするモノですが、下りというのは哀しいモノですね。
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# by agrumi | 2013-05-28 15:17 | チンクエテッレに住みに行こう!

「チンクエテッレに住みに行こう!」写真追加アップのお知らせ

チンクエテッレ帰国後談話10 パルマリア島のレストランチンクエテッレ帰国後談話11 パルマリア島探検に、それぞれ写真を追加アップしました。
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# by agrumi | 2013-05-28 09:15 | インフォメーション

チンクエテッレ帰国後談話17・・・ふたつ目の街、マナローラ

c0101985_1712851.jpgマナローラはとても小さいこぢんまりした街で、ごく普通の街でした。
駅から街の中までトンネルをしばらく歩きます。そこを抜けると街の真ん中辺の坂道に出て、
見上げれば山、見下げれば海が見えます。

まずはみんなで坂を登っていくと、教会と鐘楼のある小さな広場に出ました。道路はアスファルトで車道。
土産物屋もありますが、あまり観光地観光地していない、素朴な街でした。

駅からのトンネルを抜けた辺りに陶器屋さんがあって、そこで売っていた陶器はお土産にもいいし自分でも欲しくなるようなものがたくさんありましたが、今回も荷物制限20kgの壁がありますし、スーツケースでは来なかったので、買うのは諦めました。







c0101985_1711318.jpgc0101985_10295338.jpg






















そこから今度は下っていくと海に出ます。

岩場ばかりで砂浜はありません。
ここも特別美しいというわけではなく、いたって普通の眺め。

この普通な感じがマナローラのよさのように感じられます。
列車の時間の都合もあり、マナローラには長居はせずに、次の街に向かうことにしましたが、
この街でのトピックスは先輩Aが購入した絵です。







c0101985_10354054.jpg陶器屋さんの近く、トンネルを出てすぐのところに画廊があっていくつかの絵画が展示されていました。
その日はミラノの有名な画家(名前は忘れてしまいました)がチンクエテッレを描いた作品が売られていて、絵画好きの先輩Aは買うことにしました。

絵というのは記念にとてもいいものです。
しかも、気に入った絵に巡り合えるというのは大きな幸せ。気持ちが一気に豊かになります。

青っぽい夜のもの、赤っぽい夕焼けのもの、明るい昼間のもの、いろいろな街、いろいろな色合いがある中で、先輩Aが選んだのはこの1枚。
実物はもっとステキです。

結構大きくて、くるくると巻いて筒に入れてくれ、先輩Aのスーツケースで日本に運ばれました。
今は先輩Aの自宅の玄関を飾っているはずです。

自分が買ったわけではないけれど、この絵が先輩Aに買われて日本に行くことがなんだか嬉しい気持ちになり、満足です。
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# by agrumi | 2012-08-11 10:43 | チンクエテッレに住みに行こう!

チンクエテッレ帰国後談話16・・・愛の小道

c0101985_165181.jpg実は、チンクエテッレの街は全て徒歩でも行けるのです。ちんたら進む各駅停車で各街間が数分ですから、日本の地下鉄のひと駅かふた駅程度の距離でしょうか。
特にリオマッジョ―レとマナローラの間の歩道は「愛の小道」として有名です。距離も短くて散歩気分で歩けます。
なぜ愛の小道と呼ばれるのか・・・については、どこかに書いてあったような気がしますが、あまり興味をそそられる内容ではなかったのか、忘れてしまいました。

愛の小道はチンクエテッレ国立公園の一部になっていて、入場料が€2か€3くらいかかるのですが、これはチンクエテッレカードがあれば料金は支払わなくても入れます。
一応、入口の門らしきものあり、この門の手前の右手にチケット売り場がありました。

海岸線の崖っぷちをひたすら歩く道ですが、気持ちよい心地よい素晴らしい散歩道です。

この道、前の日に船から見たところ、観光客が蟻のようにぞろぞろと列をなして歩いているのが見えたのですが、私たちは早めに行動を開始したのがラッキーで、ほとんどまだ人がいない状態でした。
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また、曲がりくねった道は日向になったり陽陰になったりしていて、とても歩きやすい。
陽が昇ってしまうとずっと日向の可能性もあります。
先にリオマッジョ―レの方から来てよかった。


















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ところどころ岩壁側にベンチもあったりして、休みながら行くこともできます。

空の色も海の色も雲の色も風の色も爽快です。

先の方に見える陸地には、私たちが住むモンテロッソの街も、これから目指す間にある他の街も見え隠れします。



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同じような岩沿いの眺めですが、場所によって様々な表情があります。ガイドブックやネットで「素晴らしい」と書かれていたけど、
とはいっても単なる海沿いの道だよね?本当にそこまで素晴らしいの?とちょっと疑いももっていたのですが、いやはや、期待通りというか期待以上というか、時間帯もよかったのでしょうが、
このままずっと終わらないで続いてほしいと思うほどでした。

だんだん、お隣の街、マナローラに近づいてきます。
リオマッジョ―レで列車を降りてから、なんだかんだでずっと歩きっぱなし立ちっぱなしだったので、少し疲れてきました。
マナローラに着いたらBarのオープンテラスで冷たいモノでも飲もうかな・・・と思っていたのですが、
もうすぐ愛の小道もおわり、という、出口が見えて来た地点で、なんと、愛の小道上にもBarがあったのです。

そのBarも、まだ店員さんがやっと椅子を並べ終わったところ、という様子で、準備も整っていない感じだったのですが、海沿いのフェンスに並ぶテーブルに着いてみると、
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ちゃんと注文を取りに来てくれました。
満を持して、私は今こそここで、と思い、
"Una spremuta d'arancia."---生搾りオレンジジュースひとつ
と注文。正直生ビールを飲みたい気持ちはありましたが、まだまだ今日は炎天下を歩かなくてはなりません。ここでビールを飲んでひっくりかえるわけにもいきませんから、Barのオープンテラスではspremutaで決まりです。
歩き疲れた足を休めつつ、大海原を眺めながら飲むspremutaは格別!

c0101985_16393324.jpgBartが開くということは、そろそろ人通りが増えてくるということ。その前に歩き終わり、こんなに気持ちの良い海を見ながら一休みなんて、なんて贅沢なんでしょう。











これは愛の小道の途中にあるモニュメント。
このモチーフの小物が観光案内所で売っていました。

あまりに楽しく気持ちよく歩いてしまった愛の小道、いったい何分くらいかかったのか、よくわかりません。10分か15分くらいだったでしょうか。
「ああー、もう終わり?」という印象でした。

んんー、また行きたい・・・。
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# by agrumi | 2012-08-06 23:21 | チンクエテッレに住みに行こう!